2009-08-30

進む


司馬遼太郎の『竜馬がゆく』の中の文章より~。(昔ノートに写していた文章なので、句読点などの場所が違う場合があり。)

「藤兵衛、人間はなんのためにいきちょるか知っちょるか。」
と竜馬は膳ごしに言った。
「事をなすためじゃ。ただし、事をなすにあたっては、人の真似をしちゃいかん」
世の既成概念をやぶる、というのが真の仕事というものである、と竜馬はいう。~

「人の一生というのは、たかが50年そこそこである。いったん志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、いやしくも弱気を発してはいけない。たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ。生死は自然現象だからこれを計算に入れてはいけない」

渡米へ向け荷物を整理している時に、数年前の読書ノートを見ていたら、僕はこんな文章を写していた。

三年前アメリカへ3ヶ月間行き、自分がこの地にもう一度帰って来て、ここで龍笛を吹くと決意してから約二年8か月たった。

再渡米までには、ここまでのラインには少なくとも立ちたいという笛のレベルに、ある意味においては達する事が出来たと思う。語学においてはまだまだかなり程遠いものがあるが、それでもやれるだけの事はやった。

僕の渡米に対しては応援してくれる人達も多くいるが、反対派もいる。信念を持って進むと言えば、何かに対抗しているという意味合いがどうしても残る。だから僕は基本的に “そういう信念” は持っていない。あくまでも戦うのは他人ではなく、自分だからである。自分に勝てば自然と道は開け、歯車は必ず回ってくると信じている。

明治維新を起こした人たちは、とにかく夢があり勢いがあり強く生きた。

僕が目指すものは、少しこれとは異なるが、数年ぶりのこのノートの文章をみると些か興奮した。




2009-08-29

自作ノート

             


先日、僕の兄貴分のブログを見て、急にこのノートが欲しくなり今日作り方を教えてもらいました。

何年ぶりでしようか、一応短大に入り勉強するのでどんなノートにしょうか迷っていたところにこのノート。タイミング抜群に僕の目に入りました。

何といっても両面とも下敷き代わりになるし、ファイルと違って用紙を取り外さなくても快適に書き込める。

一生懸命、楽しく^^がんばります。

さらに昨晩はピザもごちそうになり、ほんとうにありがとうございました!!

 
                     






2009-08-27

龍笛 コンサート終了!!

 
2000人の前で30人体制で演奏するのと、30人の前で一人で演奏するのは大きな違いです。
一人で約50分、、終わるととてつもない疲労感が襲ってきます。。

最初20人の予定だったのですが、結局30人近くの人になって満員御礼でした。たくさんの方々に来て頂き本当に本当にありがとうごうざいました。

さて自己採点ですが60点といったところでしようか。

今回の僕のテーマは丹田、所謂体の中心が上に上がってこない事と、すべての音に“真”を通す。一人ですからごまかしが利きません。目はだませても(手品など)、耳はだませないのです。

やはり緊張のせいでしょうか、30センチ程重心が上がってました。後でビデオを見直してみると“真”の音も全体通して半分のくらいしか出てませんでした。。師匠には見せられない、、、、


しかし自分一人で、バックに何の音楽もなくお客さんの心を50分間完全にロックできたかどうかは分かりませんが、やりきる事はできました。アメリカでの演奏活動に向けて大きな自身となりました。

コンサートでも話しましたが。演奏者はお客さんに育てられます。今晩のコンサートは非常に良い“気”をみなさんから舞台に向けて送ってもらい、その“気”を受け取った僕が音で返す事が出来たように思います。

短い時間でしたけど、すごくいい空間をお客さんと共に作る事ができました。

この“空間”を世界に広げたい。

皆様ほんとうにありがとうございました。

写真もいづれアップしたいと思ってます。




2009-08-24

龍笛を選ぶ~自分の気持ち~



秋のにおいがしてきましたね^/^

22、23日とは師匠宅へ行ってきて、今月も新しい発見がいくつかありました。


渡米まで残すところ後二週間程となり、27日の僕の四万十市での初のソロコンサートまでももう日が無くなってきました。お陰様で昨日満席になりました。

本気で臨んでいきたいところです。

龍笛に関しては先月替えて、僕としては大分馴染んできたところですが、何人かの生徒さん達には、前の方がいいとか、音が軽いとか、龍笛の音がしないとか、、、僕の薄い?ガラスの心はバリバリと割られました、、(泣) もう渡米まで二週間なのに、、ここにきて、、

僕が二十歳過ぎくらいから教えてる方々なので僕の成長をよく知っていて、又僕をこれまで支えてきてくれた方々です。

しかしながら、龍笛を選択しなければならない際に対しての僕が思う大切なことは、≪僕自身がどんな音を出したいか、何をどう表現したいか≫という事を基準にしなければならないという事であります。もちろん聞いて下さる方がいて笛吹き柿谷が存在し、成長させて頂いているというのもすごく重要な点であります。

自分の癖ではない、“本来”の個性と“本来の竹の音”を表現するという点において龍笛を選ばなければなりません。“本来”という言葉はすごく難しい概念ではあります、、、というよりも“ここ”を求めているのですから。

僕の自分の笛に対する感覚としては、今の笛の方が吹いてる時、笛の真を感じる事ができ、自分のイメージを以前よりは自由に表現することができます。これは僕の目指す“本来”の音というものに近づいているのかという事について、はっきり言って自信があります。

僕は、基本的に自分の音の状態が変化する、若しくは他の人の自分の音に対する反応が変わるというのはいい事だと思っています。それが良かろうが悪かろうが。なぜなら前進しているから変化するのです。しかも今回は自分の笛に対する感覚がすごく良い。

きれいな音だけではメッセージは伝わりません。音は蒸留水では駄目で、色々な要素が必要なのです。今回僕の音が受けいられなかった原因の一つとして、今の新管は前の笛よりも透明度が高いのです。だから、音の中に繊維が詰まっていなかったのです。これでは聞いてる人の想像力を焚き立てることはできません。これは科学的に捉えると、ただ単に口の力が完全に抜けていなかったから、振動数が弱かった。僕の技術不足だった、これだけです。おそらく、、、

いずれにせよ、自分の笛に対して自分が納得しなければなりません。僕の場合は、師匠が明らかに今の笛の方が良いと言ってるのが僕の気持ちを後押ししているというのも否めませんが、今までにない自分と楽器との一体感を味わう事ができています。

しかしながらこの笛は僕にとっては通過点の笛であるというのも直観的に解ります。

人の意見と自分の感性、両方大切にしなければなりません。

さて後は音を練り込んでいきます。


                  






2009-08-16

コンサート




 ミニコンサートを開こうと思います。

  柿谷貞洋 龍笛世界への誘い 
 川辺のコテージコンサート


演奏者: 柿谷貞洋

日時: 2009年8月27日(木) 19時開演(約50分間)

場所: 四万十市佐田 佐田沈下橋南側 
       川辺のコテージ(下記地図参照)


プログラ ム

 管絃  『越天楽』
 朗詠  『嘉辰(かしん)』
 伎樂メドレー
 創作曲 『火 水 風』

入場料: 1、000円(当日頂きます) 予約制 20名様

お問い合わせ
Email: sdhrkktn0712@gmail.com

途中雅楽の説明も交えながら行っていこうと思います。

皆様どうぞお気軽においで下さい。

2009-08-09

雨 雨 雨、、、






昨日から今日にかけて四万十市は大雨です、、

四万十川はかなり氾濫してて、もちろん沈下橋も沈んでます。

今朝、西土佐の方へ所要で行ってたら来た道が冠水してしまって、一時間以上も遠回りをして帰る破目に…

川の大清掃です。


2009-08-06


僕の部屋の机は窓向きに置いてあって、いつも外が見え、昨晩いつものように机に向かって本を読んでいると、たまたま奇麗な月が目に入ったので写真に収めてみました。

100年、200年、いや300年、500年前の笛吹きは、きっとこんな月を眺めながら笛を奏でていたに違いありません。

今のように雅楽を譜面通り吹くのではなく、自由に、自由に、、

伝統というものは、壊しながら受け継がなければならない。

ふとこんな事を思った。


2009-08-03

水泳マラソン





一昨日野次馬で見に行きました。

気持ちよさそうに泳いでました。僕はこの後ここでエビとって、釣りして、カヌーして遊んでました。。

みんな遊びに来てね!!僕の友人も待ってます。


大きく気づきました 力を抜くという事とは


 最近は“呼吸”や“気”に関する本を時々読んでいます。なぜなら、龍笛を吹くという事は、大きくこの事に関わっているという事が体の底から分かってきて、できるだけ早く自分の“龍笛における呼吸法”というものを確立したいと思っているからです。もちろん焦って為せるものではなく、何年も何十年も、もしや死ぬまでかかるかもしれないという事は承知の上での思いであります。

昨日、今日で読んだ本:

氣の呼吸法―全身に酸素を送り治癒力を高める (幻冬舎文庫)



僕は、これらの本で自分の呼吸法が少し間違っている方向に進んでいるという事に気付かされました。と申すのは、呼吸法というのは、誰に言わせても基本スタイルは、「吐く息を長く、そして自然に息が体に入ってくる」というものであると思うのですが、僕はあまりにもこれを故意的にやり過ぎていたのではないかと感じるのです。

僕の龍笛の生徒さんにも、この呼吸法を教えたりするのですが、ほとんどの人が息苦しいと言ってあまり効果がないようでした。僕の場合も最初は息苦しい感じだったんですが、長い間続ける内にそれは無くなってはきたものの、まだ自分では何か少し違うという感じがずっと抜けきれなかったんです。

それで今日これらの本を読んで気づいた事は、“気持ちよく”行うという事です。今まで僕が色々な方々に習った中でも、この事は何度も耳に入っていたにも関わらずなぜか、この事だけが僕には抜けており、そして自分の生徒さんにもこの事を伝えきれてなかったんです。今日座禅を組んでて、ただ気持ち良く、呼吸が浅かろうが深かろうが自分の呼吸を見つめて、“丁寧に”呼吸をしてみると段々深くなっていく感じが少し掴めたのです。意識的にではなく自然に。そして何より“気持ちいい”。

僕が龍笛のクラスで指導する時、やかましく言うのは「とにかく体全ての力を抜く」というものですが、これも皆さんから良く言われるのは「肩の力を抜こうとすると腕に力が入る、指の力を抜こうとすると口に力が入る……。」どこかの力を抜こうとすると、どこかに力が入る、などなど、、、

そこで、これは僕の明らかな指導力不足からくるものなのですが、実は力を抜くという事は“気持ち”であって体に意識をするということではないということだったんです。気持ちをリラックスすると、自然に体の力が抜けてくるのです。というよりもその順番でしか体の力はいつまで経っても抜けてこないのではないか。と気づいたのです。

今月のお稽古はちゃんとこの事伝えますね!!

しかし、雅楽において気持の力が抜けてくる、リラックスできてくるということはすごく時間のかかることです。まず“十分な”音が出てきたということを自分で認識し、自分の音はしっかり出てるんだという事を他人の口からも聞き、戦うのは他人とではなく、自分とであるということを悟り、それから段々と自分に自信が出てきて、少しづつ気持ちの力が抜けてきます。10年そこらでは無理なことです。大切な事は、焦らずに、ゆっくりと大きくなっていこうと思う気持ちを持つことです。

これはすごく求めがいのある領域です。龍笛に、他の分野でもそうであると思いますが、それに真剣に立ち向かえば人間が大きくなります。どうしてもある一定のレベルを越したいと思うと、必ず自分の“心”を変えないとこれ以上は無理だ、上達しないというラインに立ちます。僕は今そのラインで苦しんでます。自分の性格上の欠点が多く見えるからです。

しかし僕にはできると信じて進むしか他はありません。落ち着いて。


とあるおばあちゃんから頂いたものです。