2009-07-31

手帳


 七月は僕にとって、いまいち波に乗れない月でした。スポーツ選手でいう所の不調みたいなものなのか、ブログもほとんど更新することができず、、、

四国地方は今日梅雨明けとの事、おそらく僕は梅雨というじめじめした季節に弱いのでしょう。明日から心機一転、渡米へ向けてラストスパートです。

なんか思うように毎日が進まない中、気づいた事が一つあります。それは、とにかく気づいた事、やらなければならない事、したい事、感じた事を手帳に書き出すという事です。

愛用手帳

昨年から愛用してる手帳ですが、僕の手帳は唯のA6の無地のノートです。それにお気に入りの手帳カバーをし、自分で作ったカレンダーや、時間表を貼り付けて使います。約2か月弱で終わります。一日の初めに今日やらなければならない事を具体的に書きだし、達成できたら赤鉛筆で消してゆく。ポイントはかなり詳細に書き出す事。

例えば、TOEFL英単語P56~76
     
     IBTリスニングP33~P41

     笛の練習~六の指からテの指にかけて吹くとき音質が変わらないように。

     などなど、、、

僕の場合、ときどき朝に気合入れすぎて、大量のタスクを書き出してしまい、ほとんどこなせずに一日が終わってしまう時があるので、あまり書き過ぎないことです。。。

今回のノートはもう3か月目にかかろうとしています。手帳に目が頻繁にいかないと、なぜか僕の場合脳が働いてなく、生活にリズムが出てこない感じです。

とにかく書く。書いた事を実行する。自分の気持ちを無視してやる。

明日からがんばろ!!




2009-07-23

龍笛の吹き方~➆







僕は今、いつまでこの“龍笛の吹き方”を書き続けようかと考えていますが、とりあえずは、僕の上達が止まるまでは書きたいと思っています。しかしある一定の所まで来たら書籍にしたいとも考えています。

さて今月は8年ぶりくらいになると思いますが、笛を替えました。左が以前の笛で、右側が新しい笛ですが、右側は見ての通り、以前のに比べ煤のかかり具合もあまりよくなく、値段も半額以下です。左が樺巻きに対し、右側は籐巻きです。

しかしながら良く鳴ります。まだ僕自信が笛に対し馴染んでいないものの、振動しやすい構造であるというか、軽い息で簡単に鳴ってくれます。

前々回にも書きましたが、良い笛というのは新管であっても、すぐに鳴る笛です。龍笛という楽器は、決して頭に鉢巻きをして吹く楽器でもなければ、汗をだらだら流して吹くものでもありません。もちろんこの季節は出ますが、、、。

さらっと、軽く、柔らかく、又“鋭く”吹く楽器です。

今日ビザが正式におりたという書類が届き、NYへの出発も9月7日に正式決定し、ある意味において八月は笛吹き柿谷としての、現在の完成形を作りたいと思っています。決してこれは、笛を追求するということにおいて守りに入るのではなく、もう一度基本に返り、今まで師匠から習った技術を自分のものにし“理解”をしていくということです。

前置きが長くなりました。

さて“龍笛の吹き方”の本題に入りますが、今回は二つの事を述べます。一つは【楽人としての立ち振る舞い】について、もう一つは【自分の音を出す】ということについてです。


昔、師匠に言われたことの一つに、「楽人は楽人としての立ち振る舞いがある。日頃の生活に中においても同じや。」というのがあります。

なぜこの言葉を思い出したのかというと、今月僕が師匠宅で練習していた時のことです。僕の相方は内弟子のような形で師匠宅で修行をしておりますが、その日はおそらく何かと忙しかったのでしょう。僕が練習している側を、足をバタバタさし、何か用事をこなしておりました。いつもは僕は彼を兄弟子のように慕い、笛の技術も僕より上なので色々彼から享受しておりましたが、何かその時は直観的に残念な事に、彼の“行(ぎょう)というものが進んでいないな”と感じました。通いの弟子がかなり偉そうな事を述べているのは百も承知でありますが、あまりにも自分中心の世界で行動しているのが、修行足らずの僕にも分かりました。

「楽人としての…」となると、まだ僕にはよく分かりませんが、いずれにしてもドタバタはよくないでしょう、、

歩き方とか、座り方とか、食べ方、箸の持ち方、話し方‥‥‥足を組まない、手を組まない。すべての日頃の生活の姿勢が、心の持ち様が音色には現れます。僕はよく足も組むし、手も組みます、、直します…

24時間意識しないとできることではありませんが、肩の力を抜いて少しづつ実行していかなければなりませんし、そういう意味においては僕も外弟子ながら、心の行(ぎょう)をしているつもりであります。なかなか僕の横柄な心はとれませんが、、、

ですから、雅楽はなにも、楽器を持って練習すればうまくなるというものではないのです。日頃の姿勢がすごく大切なのであり、そのような些細な行動や心遣いが笛に対する繊細な感性を育むのです。学生の時には考えもしなかったことです。。


もう一つは、仏教には“仏性”という言葉があり、これは誰でも仏の心を持っている、仏となれる可能性があるという意味だそうですが、この事を笛に置き換えて僕の感じるとこを述べてみます。

僕は最近、自分の生徒さんに指導する時一つ思う事があります。それは、その人にしか出せない音を出させてあげたいということです。笛を吹いていくということは、仏教において考えてみると、自分の心にある、すでに我々が持っている仏を見つけ、それを、自分の仏を、竹を通じて“表現”していくことだと僕は思うのです。ちなみに僕は仏教とは何の関係もありませんが、教えはすごく好きであります。

練習するという事は、小手先の技術を上げるためでもなければ、誰かに勝つためにやるわけでもない。大きい音を出すわけでもない。自分の“裸の心”を表現する技術を身に付けるのです。そのために、根の部分の練習である、ロングトーンや唱歌や呼吸法などがあります。

なので、女性だから、肺活量がないから、、など全く関係ないのです。きちっとした練習をすれば、自分の音が出て、必ず人を魅了することができるのです。

僕は、そのような技術を身につけさせる自信があります。

こんな話を雅楽を初めて間もない方などに話をすると、「そんな難しいこと、、、、」なんてよく言われますが、違うのです。最初から大きな思想と哲学をもって取り組めばいいのです。

大きな悟りに至ることは僕のような凡人にはなかなか難しい事ではあると思いますが、生活の些細な事にも注意力を働かして、集中して動くということは意識一つでできることです。

なんとか、なんとか、あと一か月でもう一段上に上がりたい。切に自分に望んでます。

すでにこの心が無心ではないのですが……

柿谷貞洋              





2009-07-22

ビザ面接



今朝奈良より帰ってきました。くたくたです。

今月は大阪のアメリカ領事館へビザを取りに行ってきました。厳重な警備の中、セキュリティーチェックもなんとかクリアし、中に入ったのはいいものの、思っていたよりかなり待たされました。

最近は面接が厳しいとの事。

ネット情報なんかでは英語で聞かれるという事だったので、簡単な英文を頭の中に入れていたものの、外人面接官の一言め、

「オハヨウゴザイマス。」  「シモンヲトリマス。」

え、、、かなり拍子抜け、せめてGood morningぐらい。こっちは「Goo・・・・」と喉まででかけてたのに。。。

しかも向こうが「アナタ、ポルトガルゴハナシマスカ?」(一応ブラジル学科卒)って日本語で聞いているのに、僕は「I forgot、、」なんか言ったりして、てんやわんや

でも一応パスした模様。

待ってる時、隣に座ってる人が言ってました。就労ビザなんかはほぼ英語で面接らしいですけど、僕のようなF1ビザは、結構適当で面接官によって違ったりとかするらしいです。大学院になるとまた違うとか…情報は色々です。まぁ英語で一応用意しといたら問題なしですが。

一週間くらい経って正式な書類がパスポートとともに送られてくるとか。

帰る晩、淀屋橋で友人にイタリアンの店で御馳走してもらいました。料理もワインも美味しく頂き、気分良く夜行バスに乗ろうとしたら、友人の携帯に一本の電話が、、、僕が店に携帯を忘れているとのこと。

もちろんバスの時間には間にあわず、友人に取りに行ってもらい、送って頂くことに・・・ ほんとにすいません。

いうまでもなく高知に帰った今は電話はありません。








2009-07-17

先入観なしに視るという事~龍笛を選ぶ際の笛の良し悪しの点から考える








今晩からは師匠宅へ行きますが、今月は大阪でビザの取得も兼ねていくので4日間程の滞在となります。

今月は僕にとって、とてもすごくワクワクな月です。一昨日師匠から電話があって、僕の新しい龍笛が師匠宅に届いたの事で、数年ぶりに笛をチェンジします!!アメリカでの予備に購入したものでもあるのですが。 向こうでの不測の事態に備えて。。。

さて、ここで今回は雅楽を勉強するうえにおいて、先入観なしに事を視ていくという心の技術を、龍笛を選ぶ際の笛の良し悪しの点から考えてみたいと思います。

まず、この笛の良し悪しというのは、値段でもなければ、名のある職人が作ったということも全く関係ありません。簡単に言うと持った瞬間いい音が出て、いかに自分に合っているかが問題です。もちろん、どんな笛にも瞬時に自分を合わせるという技術を持つことが一番大切な事ではあるのですが。

雅楽の世界では、特に新管(作りたての楽器)において、「この笛は今は音が出ないけど、息を入れるにつれ段々良くなってくる」などの会話をよく耳にします。しかし僕の師匠は、最初の段階で音が出る出ないで笛を判断します。もちろん、正しい息の入れ方で息を入れ、年限とともに音色が変わってくるというのはいうまでもありませんが。そして師匠の選ぶ笛、というよりも作らせている笛は、ほとんどが細手で、軽い息で鳴る笛です。軽い息で鳴るから、力を入れる必要もなく楽に自然に音を出すことができます。

特に若い世代は息をつけるために、管、又は歌口の太い笛を吹くように勧められる事がありますが、これも師匠の理論に合わせて考えてみると全くもっておかしな話であります。そもそも龍笛は肺活量や、息の力をつけて吹くということには無縁の楽器でありますから。しかし雅楽の世界には、この息の力をつけるという伝統というか何と申しますか、そのような考え方が根強く残っています。“正しい音”のイメージをして練習すると、結果的に息の力はついてきますが、あくまでもこれは結果であり、そんな事はどうでもいいのです。大切な事は遠音をさす音です。

故に楽器というのは、まず軽い息で簡単に“鳴る”というのが、第一の楽器を選ぶ基準ではないのではないかと僕は思うのです。がんばって鳴らさないと音が出ない笛ではなく、自然に軽く鳴ってくれる笛がいいのです。

これには反対派が多くいらっしゃるかとお察し致します。。。

元々の音が、たとえ軽く音を出せたとしても“龍笛の音”がしないのは、これはまた別問題であります。付け加えておきます。

笛に対する考え方が、もし力(強い息を出すなど…)を使って吹くというのであれば、笛を選ぶ基準は変わってきますが、僕のこの意見は、あくまでも全身の力を抜き【息、風】というものに深く注意を向けて奏するという考え方においての、龍笛の楽器を選ぶ際の良し悪しであります。

今回僕が述べたい大切な点は、伝統と言われる分野における我々の一般的態度は、往往にして自分より長い年月それに携わってきた、又はその分野における所謂プロと呼ばれる人の言葉や立場をいとも簡単に信じてしまい、我々はそれらを疑いなしに聞き入れてしまうということです。芸術というのは白紙で見るからこそ意味があるのでありますが、先にも述べたように、例えば若い時分、特に男性諸君は、太くて息の力を必要とする笛を進められることがあります。もちろんそれに大概の方は流されてしまい、そのような笛を購入してしまうのですが、これではもう既に色眼鏡をかけて物事を見てしまっているのです。「あの偉い有名な人が言うのであるから間違いないであろう。」というような物の見方です。稽古中、≪技術を習得する上において指導を受ける時≫も然りであります。

お稽古事において、最初に先生の仰る事を素直に聞き入れるという事は、初期の上達においては欠かせないという事は言うまでもありませんが、もっと自分の心に忠実にその音を見つめなければなりません。僕も学生の時は色々な方に指導を受けましたが、常に、素直に聞き入れるという事と共に、疑いの眼も忘れずに持っていました。

音が自分の感性に、心に100パーセント調和しなければ、それはあなたの求めている音ではないのです。稽古中、自分の気持ちを注意深く見つめていれば、先入観なしに音に立ち向かう事ができます。その音が、吹き方が“理に適っているかいないか”が見えてきます。僕はその視点で笛を求めてきて今の師匠に落ち着いているのです。

以上、雅楽という1200年以上の歴史ある伝統芸術を習得する際の心の持ち方について、僕の思う所を、例えば龍笛を選ぶ際の良し悪しの点から考えてみました。

師匠は昔から、「笛を人が選ぶのではなくで、笛が人を選ぶんや」と言います。さて僕はどんな笛に選ばれるのだろうか??

明日が楽しみです^^

さてそろそろ荷物しなければ、、

                       


2009-07-13

最近について~色々~



更新がかなり滞りました、、、

最近は朝晩の街宣車の運転手や、昼間の小屋作りなどで、夜になるとかなりクタバッテしまってしまい、思うように事が運ばない毎日であります…。


しかし先月受けたTOEFL試験結果がでて、短大合格ラインまで、やっとあと数点のとこまでこぎつけました。来月はなんとか!!できれば行くまでにクリアーしたい。



バーベキュー用の小屋はぼちぼちですが、進んでおります。


基礎さえできれば、後は大工Kiyoshiさんの出番です。




そんな中、呼吸に関する面白い本を読みました。


呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想




呼吸の訓練法や、続けてくる中での気持ちの移り変わり、その時の対処法などが詳しく順序立てて書かれていて、かなり深い部分を平易な文章で綴っていました。


僕がこの本から学んだことは“求めない。”ただ“内観”するという事です。もちろんこれは、まだ頭の中の世界であり、もっともっと座らなければならないし、動かなければなりません。しかし、ただそういうイメージを持ちながら歩むと歩まないでは大きな違いが、長い眼で見るとでてくると思っています。


話が少しそれます。と言っても今回は何か特定の事について書いているわけではないのですが、、、


去年、とある方から速読を少し教えて頂きチャレンジして少し訓練してたのですが、なんとなく挫折していました。そして3日程前、たまたま本屋で見つけ、前から一度は目を通したいと思っていた本を読みました。


フォーカス・リーディング 「1冊10分」のスピードで、10倍の効果を出す いいとこどり読書術


僕の中では数ある速読の本の中では、わりとヒットでした。内容はとにかく力を抜いて呼吸を正して読むというものです。目の動かし方なども僕にとっては参考になりました。この速読、なんとか今度こそは練習して自分のものにしたいです。


龍笛を吹くために追及し始めた呼吸法、どうやら生活の色々な部分に応用できそうな気がしてきました。そして、物事というのは訓練である程度はなんとかなりそうです。