2009-12-30

龍笛の稽古~力を抜く難しさ~ at Brooklyn

NYはほんまに寒い一日でした。大学生の時に12月にモスクワに行った時を思い出しました。実家四万十市では考えられない、、、

今日はブルックリンにYさんの龍笛のお稽古に行って来ました。彼女は龍笛を僕の師匠から買っていて、僕の笛と兄弟笛です。すごく重厚な且つ柔らかく繊細な音がでる笛です。たぶん僕のよりいいと思います、、、

日ごろはお仕事の関係などで時間が取れないため今日は集中練習とうことで午前中から特訓のはずでしたが始めようとすると、なんやかんやの会話がお互いに始まり、なかなか笛の稽古に届かず結局午前中はほぼ会話で終了。。

さて昼からは本腰入れてです。

僕が指導させて頂くとき一番大切にしている事はとにかく“ほー”の口のイメージで音を一つ一つ出す練習です。指も動かさないし唱歌もしません。特に“中の和”の指を中心に下から柔らかく音を入れていき、音がでてくると段々と下腹(丹田よりも少し斜め下の辺り)からその音を音で押して行く練習です。押して行くというよりは振動を“気”でもって加えていくようなイメージです。決して“息で音を出そう”としない事です。多くの笛吹きが音を息で出そうとするから疲れるし、時には肺活量がどうだこうだと言ったりするから本来の龍笛を吹く楽しさを逃しています。そして息で作った音は自然ではないから人にCOREが伝わりません。

僕の知ってる多くの方々が必ず指、肩や口などに力が入り長く練習してるとどこかが痛くなり、そして力を抜こうと思っても力は抜けないし、時には力を抜かなければならないという事すら知りません。しかしYさんは今日はその事にはっきりと力が入っているというのを自分で認識できたようなのでまずはスタートラインに立てたと思います。音を出そうとすから力が入るのであって、音がでるとかでないとかはどうでもいい事なんです。なぜなら、師匠の言葉を引用すると笛の原点は「朽ちた竹に風があたって音が成った。だから笛吹きは風にならなければならない。」 風はもちろん音を出そうと思って竹にあたってるわけではなくたまたま音が鳴った。だから自分が風になったイメージをもちただただ竹に風を送り、結果音が鳴る。

もちろんこれは精神世界のような話であって究極的な境地ではありますが、僕はそこを目指しているしそこを伝えたいと思っています。だからそう思い続けて稽古をすると段々と気持ちの力が抜け体の力が抜けてきます。もちろん時間はかかりますが。

龍笛は音を鳴らす練習ではなく、音が自然に鳴ってくるような練習をしなければなりません。その方法の一つがまずは体の力を抜くという事です。(何度も同じような事を書いてます、、)何度も書いてる部分は僕が特に師匠から言われ続けている事で、僕も書きながら自分に言い聞かせているので少しくどいと思われる方もいるかもしれませんが、その時は飛ばし読みをして下さいませ。




さてさて、、


なんだかんだと練習しながら気づいたら旦那さんが帰ってこられ、フィンランドのホットワインを作ってくださり、ん?今日も僕は飲んでるぞ。。。最近酒が体から抜けなないんじゃないか?みたいな感じになってました。。でもこのホットワインはまじでうまい。。

さらに今日はCDのプレゼントまでいただきました。




帰りのバスは気持ちよく眠り、気づいたら「ここはどこ??(PM11時半)」。。ハワイから帰って来たばかりのお疲れのホストファザーに迎えに来てもらいました。


なにやってんだ僕は‥‥しっかりしろ 怒




2009-12-28

ぶらぶらFlushingに

今日は友人YasuさんとTomoさんとFlushingに中華を食べに行きました。チャイナタウンのような所です。昼間っから調子にのって今日は飲みました、、チンタオってビールなかなかおいしいです。






たらふく食った後はその辺をぶらぶらと、、とあるスーパーに入りました。まずはカエル。決して気持ちのいいもんではありませぬ。




そしてよくわからんもの、、これも決して気持ちのいいもんではないです、、




めんぽうじゃなくて、めんぼうだろ。。




きはのし??きのはし。 「早速、御使用下さい」???




「12種類の米は確かに集約します」???



googleの翻訳機能使ったのかなぁ?

まぁとにかく楽しかったです。三人でスーパーで爆笑してました。

新年会も企画中。

2009-12-26

お誘いを頂いて、

昨日は知人宅へ呼ばれたっぷりワイン頂きました。

今は朝の5時です。なぜこんな時間に目が覚めるのか、、、、

知人の旦那さんはフィンランド系のアメリカ人で尺八を上手に吹いてました。



そして僕は龍笛で“きよしこの夜”をバイオリニストMamiさんと共演。
バイオリンを430ヘルツにあわしてもらうとなんとかできない事はなかったです^。^まぁ彼女がほとんど僕に合わせくれた感じですけど、、

さて来年は僕にとってかなり大事な年になりそうです。
がんばろ!!


2009-12-21

今日の龍笛稽古

さて学校もコンサートも終わり一段落といったところですが、僕の頭の中は次のコンサートに向けて龍笛の音を練る事に必死です。まだ日程は未定ですが。

今回のコンサートのビデオを自分で見ながら、もう一度反省してみました。twitterにも書きましたが、①息を入れてからの押しが弱いからいまいち音に伸びがない。②ブレスの間が短くなっている。特に最後の曲になると、呼吸が疲れから少し浅くなってきてるからそのせいだと思う。③説明の英語の発音が悪い。。。

さてこれからの練習としてはもう一度基本に立ち返りロングトーンからです。一つの音を真っ直ぐ、ぶれる事なく伸ばす練習をし、それができたら今度は音を音で押していき、管に振動を加えて行く練習です。そして大切なのはまず笛を持たずに深い呼吸をする練習です。

龍笛の音は二つから成り立っているのではないかという事を以前に書きました。真ん中の絹の音、所謂真の部分、そしてそれを包む音。最近はこの真ん中の絹の部分にこだわって練習してます。そうすると、以前師匠が言ってた「自分の息筋がみえないとだめだ」という言葉の意味が少しづつ体を持って理解できるようになってきました。コンサートが終わってからです。。

少し話がそれますが、コンサートの前日「天空の城ラピュタ」をビデオで見ました。特に意味はなくただここの家にビデオがあったからです。映像の中で飛行船から離れたパズーとシータが龍の巣の中に小さな飛行機で入っていくシーンがあるのですが、その龍の巣の中を二人の飛行機が駆け抜けていくシーンが妙に僕の龍笛の管の中のイメージを一致して少し音に対する閃きを頂きました。駆け抜けていくスピードが速いという点が重要なのです。その二人の飛行機が僕のいう所の“真”であり“絹”の部分です。

音のイメージは常にアンテナさえ立てておけばどこからでも取り入れる事が出来ます。ただここまでいくと、龍笛バカとか、狂人扱いされるのでその辺は覚悟してください^^。

とにかく今までの10年分の師匠の言葉を書き留めたノートを見直して一からやり直しです。今回は舞台や装束にもこだわり、そしてこれからも色々と考えていきたいと思っていますが大切なのは何度も書いてますが“音”です。

小さめに前回のコンサートの写真をアップさせてもらいます。





2009-12-20

アメリカ自然史博物館へ

来月の17日にAmerican museum of natural historyという場所でNY雅楽会が演奏をしますので、その下見に昨日ホストファミリーなどと行って来ました。

現在シルクロード展をやっていてその中の一環の行事です。メンバーの方は今、猛?練習中で今回は管絃、歌物、舞楽(抜頭)の構成で約45分間の演奏です。


他にも恐竜などの展示があったので見てきましたが、とにかく広く、自分達が今どこにいるのかを把握するのが大変でした。







今朝NJは15センチ程の積雪でしたので朝から雪かきでした。

2009-12-19

友人ブログ

NYは寒いです。かなり寒いです。
今日は日中も0°を下回っていたようです。

友人のブログを追加しました。http://ameblo.jp/okamami0329/

彼女はバイオリニストでこちらでその勉強をしています。
今日少し呼吸の事について話してたら、バイオリンもすごく呼吸が大事なんですって。真の部分を伝えるにはやはり“根”の部分をしっかり育てないとだめだという事を改めて認識し直しました。

最近座禅をあまり組んでなかったから明日からもう一度しっかり始めます。まぁ僕のはけっこうなんちゃって座禅ですけど。。。

2009-12-18

龍笛ソロコンサート終了






みなさまありがとうございました。

無事終了いたしました。

舞台については今回は最後の曲目に因んで火、水、風をビジュアル的に表現しました。赤のカーペット、僕の青の衣装、そして風は竹をもって表現したつもりです。

写真には映ってませんが、今回は後ろの壁に竹の影を写したかったので、両端からスポットライトで竹を照らしました。これは大成功で壁一面に大きな影ができました。

演奏に関してです。

さすがに最初は震えました。。吹きだしは重心が胃の辺りまで上がってどうしようもなかったのですが、少しづついつもの丹田の位置まで下げることができました。約50分間の演奏でしたが、集中力も途切れることなくできました。

ただなんとなくの自分の空気の感覚として、全体のソロコンサートとして、まだ何かもう一押し足りない気がしました。終わった時それがなんなのかがイマイチ分からなかったのですが、日本の師匠に電話をしてその事を伝えると、「音を入れてからの押しが弱いからや」と言われました。

要するに師匠に言わすとすべては“音”だという事です。そして音でもって勝負しないと意味がないという事です。

もっともっともっと音を練りこんでいかなければならない。

次へ向けて。






2009-12-15

きたやまの絵 第二だん

さて僕のソロコンサートが近づいてきました。

コンサート前にどうしても彼の絵を見て “何か” を得たいと思ったので無理を言って書いてもらいました。

僕の感想の前に彼の説明をメールから直接引用させてもらいます。

タンポポ→柿谷(笛も含む)
太陽→温かいものの象徴

見えにくいかも知れないけど、
太陽の赤い光はうすーく全体に広がっています。その太陽(自然)の恵みを受けて柿谷自身が大地に立ち、根っこから様々なエネルギーを吸収して、鮮やかな華を咲かせるというわけ。
そして、
華の周りを包んでいるもやみたいなものは柿谷がそこに居ること(笛を吹くこと)によって生み出されるもの。
あえて笛を描かなかったのは、柿谷は笛吹きだけど、
笛を吹いている時だけが笛吹なわけじゃなくて、たぶん年がら年中笛のことを考えてるんじゃないかと勝手に思ったんだわ。だから、極端に言うと笛を吹いていなくても柿谷自身から音はでてるんじゃないかなと思ったわけ。
つまり、柿谷には、
自然体でいて欲しいと思いこの絵を描きました。










僕の感想です。以前にも書きましたが僕は絵に関してど素人だし何がいいのか悪いのかさっぱり分かりません。ただ感じる事は出来ます。特に彼の絵からは。


最近僕が感じている事は、こちらNYで色々な人に合って僕の考えなどを話して言われるのは、
「まあ一人ではきびいしいよね、、、」
ってほとんどの人に言われます。おそらく彼らはソロだけでは無理だよと言う意味だと思うのですが、僕はそうは受け取りません。僕は自分がもしほんまもんであれば、必ずソロでもできると思ってます。だからこれを言われた時は、{もちろん自分の力だけではできない、みんなに支えられて、協力してもらい、又エネルギーをもらってやって行くんだ}と自分に言ってます。決して高慢にならぬよう、みんなに感謝して。


そしてこのきたやまの絵に関してですが、大地や太陽からエネルギーを得て僕がそれを音にしていくという感じが、僕にはすごくこの絵から得ることができる。そういう意味においては一人ではやっていく事ができない。改めてこの絵を見て再確認した。


そして一人でもやっていけるという事の再確認もできた。もちろんみんなと繋がって。


タンポポの顔が太陽に向かっているのが僕にはすごく心地よい。


数日前のブログで絵を舞台の上に敷くという話を出しましたが、今回は準備時間の少なさや、イメージをもう一押しする事が出来なかったのであきらめました。次回へとっておきます。


きたやま無理行ってすまん。ほんまにありがとう。


本番は明後日です。


笛一音で人の人生を動かせるようば笛吹きになりたい。


自然体ですね。













2009-12-12

親友の父

 
先程日本から僕の高校からの親友の父が亡くなったという知らせを受けました。


もし自分の父だったらと考えると、もちろんNYにいる事は難しくなるでしょう。人にはそれぞれこの世での持ち場立場があり、ある意味その持ち場立場は避けて通る事ができない。これは一般的に言われる運命は変えられないという意味においての消極的な考え方ではなく、むしろ積極的な考え方である。


彼の父には彼の父の天命があり、彼には彼の天命があり、僕には僕の天命がある。


大事な事は全うする事だと思う。29歳の半端もんがほんとにえらそうな事を書いているのは承知であるが、彼は僕にとっての雅楽の唯一信頼できるパートナーであり、心から話合える友人だからあえて思う所を述べている。


彼の父が亡くなる直前医者から「今どんなに思ってますか?」という問いかけに、彼の父は痛み止めの薬で意識が朦朧としながらも「まだまだ人様のお役にたちたいと思っています。」とはっきりと答えたそうです。


そして彼のメールには “父は残された者への筋道をしっかりと残してくれました。”とありました。




亡くなる直前の人の言葉はその人の人生の本音の部分を物語っていると思う。


彼の父が人生を全うした事は間違いないし、その思いを彼は彼のスタイル、彼の天職によって父の思いを引き継いでいくであろう。


僕はまだ両親共に健在であるから彼の気持ちには決して届かないが、僕にも必ず来る話である。


日々たくさんの方々に支えられながら生きているという事を忘れずに感謝して懸命に努めたいと思う。


友よ!!







2009-12-11

JUILLIARD SCHOOL CONCERT

JohnAdamsさんという方の曲が、ジュリアードの学生さん達によって演奏されるという事で見に行ってきました。かなり有名な方らしいのですが、僕はそっちの方は疎いので知りませんでした。





今日も笙吹きマイケルさんがFREEチケットを用意してくれたので他コロンビアの学生さんと行ってきました。

バイオリンから龍笛へのインスピレーションを少し頂いた気がします。なんといますか、あの時折切れそうだけど、絶対切れない音と言いますか。。。


とにかく彼らはほんとに巧いです。

2009-12-09

今日の龍笛稽古

今日は久しぶりに一日家で過ごしソロコンサートに向けてのプログラム作りと笛の練習をしてました。

吹いてて気づいた事を書きます。

今回のコンサートでも伎楽や、日本、アメリカの童謡などを演奏するのですが、童謡はまだしも、伎楽などの指が早い曲になればなるほど ”音の真” が外れやすくなるという事です。

だから必ず曲を吹く前には、一音をしっかりと出す練習をしなければなりません。この練習をほとんどの人が怠るから曲を吹いたときにも音が生きてこない。大事な練習は曲を吹く練習ではなく、音を作り出す練習であると僕は思います。そして指の早い曲は一つ一つ音の移り変わりを意識しながら、ゆっくりと吹く練習を初めにしなければならないという事。。音がでないから曲が吹けないのです。

とにかく丁寧な練習。

決して僕は物事に対して丁寧な人間ではないので、ここから学ばなければといつも思っていますがなかなかです。

そして以前にもこの事には少し触れましたが、音というのは、僕の今現在の理解で述べると二つから成り立っています。一つは真、所謂 “絹” の部分であって、もうひとつはそれを囲む音。ほとんどの笛吹きの音には真がなく、それを囲む音だけ出している。だから人に、 “龍笛の音” が伝わらない。

僕の今のコンサートに向けての稽古はその絹を練りこんでいく練習です。強く、柔らかく、極限まで細く繊細に、且つ滑らかに。絶対に切れない絹をイメージして。


龍笛というのはこの “絹の振動” なのです。


はっきりいってこの稽古はかなりしんどい事です。なかなかイメージに近づきません。

言いたい事は、龍笛は音全体を管に対して振動させるというイメージよりも、真ん中の絹を振動させるイメージです。



さて、本番というのは実力の半分出せたらいいと僕は大学の時から思っていましたが、自分の本番への追い込みのかけ方によっては、本番にしか出せない音が有るという事に最近気づいてきました。二度程経験した事があります。おそらく極限の緊張状態を保とうとするからだと思います。


新しい自分の音に本番で出会いたい。




2009-12-06

コロンビア大学生達の雅楽コンサート

今日は彼らの今期のセメスターの締めくくりとしてリサイタルが行われました。
場所は大学の構内の建物で、写真は演奏前の準備です。




僕はホストマザー、ホストファーザーと共に打ち物をさせてもらいました。演奏中は多少のハプニングがあったもの上々の出来栄えだったと僕は思います。アジアで生まれ、日本で何百年もかかって日本人の精神と共に築き上げられた芸術を西洋人が数カ月の練習で演奏するのですから。

なにわともあれ彼らは雅楽を楽しんでます。ここが一番大切な事です。


話がごろりと変わります。こんな会話を小耳にはさみました。

A:彼雅楽やめたんだよ。。

B:え、なんで??

A:実家に帰った時に雅楽は役に立たないからだって、、

B:あそうなんだ残念だね、、。


明日の生活がかかってる人が世界中にはたくさんいるのも事実であるが、雅楽をするとかしないとかではなく、こういう尺度で人生を選択したくないと、この時は心から思った。


あ、それと昨日はNJは雪でした。こっちきてからは僕にとっては初雪です。





2009-12-04

セメスター終了~さて本腰いれて龍笛練習~

昨日で秋のセメスターが終了しました。最後課外授業みたいな感じでクイーンズにあるMOMAmusiumに行きました。この建物はもと小学校だったのが改良されたようです。




最後だったので10人も学生はいなかったと思います。

まあそれなりに楽しめました。ほとんどがコンテンポラリーで時には理解不能の物があります。新聞が部屋一面に散らばってそれにただペンキが塗られているとか、、、???伝わる人には伝わるのでしよう。。

この下の写真はなんだか分かりませんよね??歩いていたらフロアーに小さなカメラが埋め込まれていて中で女性が叫んでいました。。HELP!!みたいな事言ってたような、これには笑いました。


夜はコロンビア大学でのでの雅楽クラスに教えに行ってきました。彼らも今週の日曜日には今季のセメスターの締めくくりとしてコンサートを控えています。

さて僕自身も龍笛ソロコンサートに向けて本腰を入れていかなければなりませんが、今日は死んだように午後過ぎまで寝てました。起きてから2時間程練習。

今日もいつもと同じように、とにかく一音をしっかり出せるようになると、一つ一つ、一瞬一瞬の音を体全体で感じながら集中して息を入れるという事に意識をおいて稽古しました。吹くというよりも丁寧に音を挿入していく感じですね。この意識の仕方で音は間違いなく変わって来ると思います。


何度も同じような事を書いてますが、ただボーっと吹くというほど龍笛を練習する上において意味のないことはないです。今はこのイメージでこういう風な練習をしているのだという事を常に意識しなければなりません。


さてどこまで自分を追いつめられるだろうか。




2009-12-02

書く。とにかく書く

最近何か新しい事をしてやろうといつも考えています。

しかしながらある時気づきました、言葉で考えないと意味がないという事に。

龍笛の音を考える時は文字ではどうもならない時がありますが、その他は文字で考えるようにしてます。だから最近決めた事はペン一本は必ずポケットにいれて、ノートはカバンにいれない。持ち歩く。

ちなみにペンはこれです。伸び縮みして便利です。
三菱鉛筆 油性ボールペン ジャンポップ JUMPOP M5-280 黒

何か思いついたら必ず立ち止まって書くようにしてます。

アナログ人間がさらにアナログ人間になってるような気がします。

枠にはまる、はまらない


おもしろい記事を読みました。

世の中にはどうしても枠にはまろうとしない人間がいる。

それが良いのか悪いのかわかりませんが、認めてあげないとだめですよね。

NYはその枠をとっぱらった人間が多いというのは間違いない。

僕もある意味あやかりたい。





2009-11-27

龍笛コンサートに向けての準備

今日は、こちらNYではチラシはA4ではなくポストカードの大きさでないと置いてくれないという事で、印刷をし直しました。

なんとか知人に手伝ってもらい完成です。




さてそれはさておき、前々回に僕の落書きを紹介しました。僕のすばらしい所はあんな幼稚園児のお絵かきを恥ずかしがらずに皆さまにお見せする所です、、、、少し意味不明な文章です。。

今日はそのお絵かきを持って、とある知り合いのギャラリーのオーナーに見せに行きました。これもまた身の程しらずです。。





僕;「今度コンサートするんですけど、この絵を下に敷きたいのです。」

オーナー;「いいじゃない!!あんたが描いたの??」

僕;「はい!!」

びっくりです。。僕の人生の中で初めて絵を描いて褒められた。。

まあお愛嬌がほんとんどだと思いますけど・・・もちろん本人はくそ真面目に本気で描いてます。


とにかく、オーナー曰く迷ったらやる。描いてみた駄目だったらやめればいいじゃない。っという事なので僕の約5×4メートル程のコットン生地に絵を描くというビッグプロジェクトが開始しそうです。画材屋さんから、描き方まで教えてもらい、筆まで貸してくれました。

どうせ考えたってうまい絵なんか描けないんだから、勢いでやってやろう。

帰ってこの事ホストマザーに話したら失笑されました。

何度も言いますが、本人はくそまじめに本気で取り組もうと思ってます。

2009-11-24

evaluation

今週はサンクスギビングのため今日で今週の授業は終わりました。

来週はFinalexamのみなので実質セメスター終了といったところです。

僕の語学力はどうなったんだろうと考えると、ぶっちゃけよくわかりませんが、ただ細かな文法については、ずいぶんとクリアーになった部分がたくさんあります。特に関係詞の使い方などや、接続詞(for,and,nor,but,or,yet,so)の使い方などは文章を読むスピードを大分と向上させてくれた気がします。ちなみにFANBOYSって覚えるんですって。。。しかしながら、TOEFLを辛うじてパスしたといえども、まだカレッジの授業について行く自信はありません。まだまだしなければならない事がたくさんあります。

語学の勉強というのは筋トレみたいなものでやるかやらないかだけだと思います。学者さんになる人は別として。。

さて今週はevaluationといって先生の査定を生徒が行うというのがどの授業にもありました。日本では行った事がなかったので僕にとっては初めてでした。例えば、先生は時間通りにいているかとか、質問に対しきちっと答えているかとか、、、。

僕はどの先生にも特に不満はなかったので、ほぼ五段階評価の五に近い評価がほとんどでした。

学生は正直です。少し宿題が少なかったり、甘い先生がいると、その授業はほとんど時間どおりに来ません。おそらくその先生は評価が低いのだろうと思います。

ただこれは先生も手が抜けないのですごくいい事だと思います。

僕が大学生の時ある先生が言ってました。その先生がUSに留学してた時の事です。とある学生がいつも授業に遅れてくる先生に銃を突きつけたそうです。早く来いって。。

その次からその先生はきちっと時間通りにするようになったとか。

自分の立場に常に危機感を持って生きるという事は大切な事だと改めて思いました。僕なんかまだ何もないのでただ上に這いがるのみですが。




2009-11-23

絵を描いてみた 龍笛コンサートに向けて


なんとなく気持ちが不安定だ。

原因を考えるとやはり、行きつく所は龍笛です。思うように音がでない。音の真がぼやける。日本だったら師匠の所に行けるが、ここからは遠い。

考えてみると今の師匠に出合い、今ままで24歳の時の僕の挫折の時期以外で、こんなに長い期間師匠の音を聞かなかった時はない。しかし泣きごとは言ってられない、来月にはコンサートが控えている。

僕には師匠の音を伝える使命がある。

学校から帰って今はひたすらロングトーン。曲はあえて吹かないようにしている。なぜなら僕がここで生き延びる事が出来る要素は“音”だからである。徹底的に一つの音にこだわり、その点を線にしたいと思っている。

今回のコンサートもすべての音を生かすというのが僕のテーマである。コンサート中、曲の中で一音でも音が真から外れると、お客さんと僕と、僕に繋がっている二つの点、合計4つの点の糸が切れるからである。結果、僕の伝えたい世界にひびが入る。

プロと素人の違いはここだと僕は思っている。

ここ3,4日ステージに敷く柄を考えていて、今日は授業以外の時間ずっとRaviShankarのShantiMantraを聞きながら過ごした。
なんともいい “メロディー” である。実に広く、大きく、温かく、丸い曲だと思う。
ますますインドに行きたくなってきた、、
話があちこち飛ぶが僕は小学生、中学生の時は音楽と絵画の授業が一番嫌いだった
苦手だった。
ここ数日、自分が何枚か笛を吹きながら色鉛筆で小学生のお絵かきみたいな事
をしているのでなんとも自分に笑ってくる。
そして今日できた絵がこれである。
笛を吹いていたら急に書きたくなったので思うがままにぐしゃぐしゃ描いてみたら
こんなになった。




上は天からの”気”、左右は地の”気”、下は人間の”気”。中心は僕の”気”。
すべてが中心に向かっているが、黄色の部分は止まっている。止まっているといっても、
ヘリコプターが、空中でホバーリングしている状態の感じかな。
止まってるけど動いてる。川でいうと、途中に岩がありその裏側の部分。
流れが止まってる部分。
中心の赤黒い部分からは今度はそれぞれの
天、地、人間の側面を沿って外に発信して行っている。
鉛筆の向きが逆になってるのが気づいていただけるだろうか。

先に述べた4つの天と言うのは、天、地、僕、僕以外の人間の事である。
僕が演奏中大切にしている事は、その空間を僕が作り出すというより、
お客さんと共に作り出したいのある。だからお客さんからも気をもらわなければ、
僕はいい演奏ができない。空間の空気を共に動かすのである。
だから大切にしたイメージは風が動いているという事。

はて、しかし、これを三間四方の舞台に描くとすれば大変だ。

どうしよう。。。

でもだんだんと自分の中心が見えてきそうな感じがしてきた。

2009-11-22

僕の雅楽、龍笛の中心となるもの ~舞台~ 考え中・・・

来月のマンハッタンでのコンサートに向けてどういった舞台を作ろうかと考えています。

そのため、もう一度、自分は一体何を伝えたいのかを原点に立ち返って考えてみました。というよりまだ今も書きながら考えています。

コンサートの中心に持ってくる曲は“火、水、風”という師匠が作った四万十川に焦点を合わせた曲です。

舞台の中に、音と共にこの火、水、風という世界(空間)を視覚的に作りだしたいのです。

今回の僕の意識のテーマは「繋がり(円)、温かみ、厳しさ」という言葉に、考えているうちに絞られてきました。もちろんこの考え方の原点は“自然”です。
それとともに表現したいのは、過去、現在、未来、縦、横、高さ、そして、フォーカスポイントは“今”です。

「火、水、風というのを、繋がりと温かみと厳しさを持って表現する」といった感じでしょうか。そして今につながる時間的、空間的なもの。

さて何を考えているかというと、僕は立って演奏するのですが、その下に敷く敷物の柄について考えているのです。


今回僕が使用する衣装は水(川の流れ)を表したものです。渡米前、知人に仕立てて頂きました。




最初は単に赤の毛氈を火を表すために敷こうと思ってたんですけど、考えてるうちにこれではいまいち面白みに欠けると思い、それでは自分で何か自分の内面を表す絵を書いてやろうと思いついたわけです。

というのは先週Readingの授業でカンディンスキーに関する記事がでてきて、大学の時に行ったエルミタージュ美術館で彼の作品に感銘を受けた事を思い出したからです。

僕にもあんな感じの絵が描けるんじゃないか?思い上がりもいいとこです。つくづく単純な男です。柿谷という男は。

さてそれはさておき、、

風はなんとなく竹かなと思い、実家ならその辺に乱立してる竹だが、こちらで何人かに尋ねてみるとない事が判明、今の所の情報では。
チャイナタウンに行けば何か情報が手に入るかも。週末探しに出かけようと思っています。


もしあったら、竹を組むか、それとも舞台に乱雑させるかは未定。


下の絵は衝動的に書いた、敷物の柄。はい、残念ながら全くセンスなしです、、、、このブログで僕の絵のセンスのなさを見せる必要があるのだろうか、、、???

まぁいいや。





ほんとに何がなんだかさっぱり分からないと思いますが、三枚とも僕の立つ位置は真ん中で、思いは音が丸く広がって欲しいという事。

何に書いたらいいのか、どれくらいの大きさにするのかも、全くもって未定。。大きければ大きい程いいのですが。。何かいい生地が手にはいるだろうか??

大事なイメージは、求心力と、その反対の言葉が思いつか泣かなかったので、発散力としておきましょう。発信力かもしれない、、

一枚目と二枚目は中心の赤(僕の丹田)に向かって地球の上からと、地球の中心から’気’が集まってるイメージでこれは僕がいつも吹く時にイメージしている映像です。
自分の中に取り入れた’気’を柿谷貞洋という人間を通して、爆発的に且つ滑らかに発信する。音色でもって。

三枚目はただ単に、丸く色々な色素をもって広く大きく広がる感じで、下が欠けているのはここから、お客さんと気を通じ合わせるためです。


さて中心となるもの、言葉として、色として、イメージとして、はてなんだろう・・??

イマイチ言葉が降りてこない。イメージは「限りなく小さな、透明の粒子に少し黒が混じった一点からすべてが始まる。」といった具合です。

何を言いたいんだ僕は??

とりあえずシャワー浴びよう。


いや明日の宿題しなきゃ。

まだエッセイ残ってるの忘れてた、、もう11時じゃないか。。

2009-11-19

GAGAKU RYUTEKI CONCERT BY SADAHIRO KAKITANI 雅楽 龍笛

DRAGON  FLUTE


ancient sound of wind and bamboo


Thursday, December 17,2009 8:30 PM/ FREE



Tenri Cultural Institute
43A West 13th Street,NYC


Gagaku



     Hyojo no Netori
     Etenraku Imayo


Gigaku


     Gyodo
     Taikofu
     Suiko
     Kongorikishi
     Konron
     Baramon
     Gojyo
     Goko
     Kyokushi


Folk Songs
    
     Kojyo no Tsuki
     Furusato
     Takibi
     My Grandfather's Clock


Fire Water Wind 
     
      By Yoshiatsu Terakawa  





Gagaku music has a long history, traveling east along the Silk Road until it was introduced into Japan from China over 1,400 years ago. Gagaku incorporates in its theoretical structure both the Taoist theory of yin-yang and ideas from Mahayana Buddhism, and is said to represent the order and harmony of the universe.  Sadahiro Kakitani, a Gagaku musician from Japan, will express this harmonious world using only the ryuteki, one of the instruments of Gagaku music.
当日曲変更あり


雅楽は長い時間をかけて、シルクロードを経て日本に入ってきました。雅楽は三つの吹奏楽器と、三つの打楽器、二つの弦楽器、又舞などを伴い宇宙の秩序を表すと言われています。柿谷貞洋はその世界を龍笛一本で表現いたします。今回はビジュアル的にもお楽しみ頂けるよう最後の演目に因んで舞台にも火、水、風を表現させて頂きます。


今回もたくさんの方々に協力して頂きほんとうにありがとうございました。特にこのチラシを作ってくれた日本の兄貴には本当に感謝してます。僕にできる恩返しはただいい龍笛を吹くことです。



                                                         
                                                        LushLife











                                                 
                                         
                            

2009-11-16

秋も終わりに

NYは急に寒くなったり、温かくなったりと不安定な日が続いています。

昨日は旦那さんと庭掃除です。

掃除前





掃除後





きれいさっぱり。おそらく今年は来週あたりもう一回すれば済むだろうということです。

この辺りはたくさん木が植樹されているので、どこの家でも週末はこの時期おちば掃きに追われています。こんな感じで、、





今日は少し学校の帰り違う道を通ってみるとおもしろい木を見つけました。


頭寒足熱といったところでしょうか。健康的です。




きれいな朱色だったので撮ってみました。




僕の友人に“きたやま”という絵描きがいて、約8年前とある絵を僕にくれた。それは秋の終わり頃、ちょうど今くらいの時期だったと思うが、その絵は木の葉っぱが落ちて木にはほとんど葉が残ってなく、その下に赤々とした葉が散乱した絵であった。

僕はその絵を持って自分の師匠に見せに行った。「これ友達が書いたんですけど、何かアドバイスしてあげてもらえませんか。」

師匠は、「落ちた葉っぱの色、朱色が薄い。」

僕は最初師匠に見せる前、落ちた葉っぱなんだから弱々しい感じの方が趣があっていいんじゃないかと思ってたんですが全く反対でした。

約8年後の今日この落ちた葉っぱをみてこの事を思い出し少し何か考えさせられました。


なんだろう、これといった事を思いついたわけではないのですが。


“踏ん張る”みたいな感じでしょうか。

2009-11-10

授業にて お勧め英語サイト、本

授業で紹介したもらったサイトを紹介します。

CNNのサイトですが、STUDENT用に作られているみたいなのでスクリプトもあり勉強になります。僕は毎朝ipodtouchに入れて学校への行き帰りに聞いてます。よかったらお試し下さい!!
ただこの前の授業ではこれを一回聞いただけでこれについてディスカッション、、おいおいそれは少しきついだろ‥‥

もうひとつhttp://www.ego4u.com/


この本もお勧めです。とある授業で使いました。





さて先日受けたTOEFL、かろうじてパスしたのですがリスニングセクションがさっぱり、、、。

日本人が弱いと言われるスピーキングセクションが僕の中での最高点。どうなってんだ??

一つ最近分かったのは、いくら何時間もニュースなどを聞いててもこちらからアプローチして聞きにいかないとあまり意味がないって事。当たり前の事ですが僕にはこれがかなり欠けているようです。


テストの時の集中力が普段の勉強の時にも出せればなと思うのですが、なかなかです。



twitter 龍笛コンサート


日本の僕の兄貴分これを紹介してもらい始める事にしました。

実はこういった類の事には昔は興味があまりなかったというか、弱かったというか、、しかし今は自分の事を発信するためには何でもしようと思ってます。

12月17日。僕のNYでの初龍笛ソロコンサートが決定致しました!!マンハッタンのど真ん中のすごくいい場所です。約50分程を予定してます。詳細は後程書きます。

どういう反応が出てくるのか全くもって未知でありますが、全力で臨みたいと思ってます。

大事な事は自分が納得できるかどうかです。



それと、、、

今の所、演目は古典一曲、伎楽、創作曲2曲、嘉辰を入れるかどうか、、こんな感じでしようと思ってます。タイトルは今考えているのは「音の原点」「風音の世界」「音色とは」「龍笛の世界へ」「竹の音の世界へようこそ」、、、何かいい案があればみなさん教えて下さい!!もちろん英語に直さないといけないので直接英語でくれてもOKです。


2009-11-07

MOMA




そろそろブログを更新せねば。

学校でのMidtermが終わり、束の間の平安です。それとやっとTOEFLもぎりぎりパスできました。
ただカレッジの授業を受けるには、まだ別のテストがあるようです、、、まあなるようになるでしょう。

さて先日MOMAミュージアムへ行ってきました。学生証のおかげでFREEで入れました。第一の目的はアンリ・マティスの「ダンス」を見るためです。



少し感想を書きます。

まず、僕には訳の分からないものもたくさんありました。何が言いたいの?何を表現したいの??みたいなものがたくさん。まぁNYにはそういった作品が多く存在してるので特には気になりませんでしたが、時々すごい光を発しているとういうか、強いエネルギーを感じる作品もありました。

一つ思ったのは、大切なのは配置ですね。こんな事言ったら失礼ですが、どんな作品でも配置によって輝き方が違ってくるような感じがします。

ここでは、すごく小さな作品にもふんだんなスペースを与え、すごく大切に扱っているような印象を受けました。

ただ部屋と部屋との関連性などについては、絵画に通じている人に言わせるとMOMAはいまいちであるという様な事をどこかで聞いた事がありますが僕にはそこまでよく分かりませんでした。


このように考えると雅楽を演奏する時にも、演奏が大切な事は言うまでもありませんが、それをより引き立たせる舞台作りというのも考えてみるとおもしろいかもしれません。多くの雅楽団体がそれをしようとしてますが、それが音とマッチし、自然であり且つクリエイティブであるという舞台にはまだお目にかかった事がありません。

そしてプログラム、曲の組み方などもすごく重要であるように感じます、特に僕なんかソロで演奏するので、一時間弱のロングプログラムになるとよほど工夫しないとお客さんを飽きさせてしまいます。しかし何度もこのブログで申してますが、音色が命です。これに勝るものはありません。そして音色からリズムが生まれます。


遊び心だけでは好い舞台が作れないような気がします。僕も今はぱっとしたイメージが湧きませんが、これはおそらく “音を出せるか出せないか、本来の音を知っているかいないか” に大きく関わっていると思います。だから学術的に考えても、例えば陰陽五行説に沿って考えるとか、そういう風に考えてもいい舞台は作れないような気がします。逆に考えると、本来の“音”を知った者のみにしか作れない芸術作品ー舞台配置も含めたーというのがあるような気がします。





さてマティスの「ダンス」についてですが、僕にはこの絵が絵画の中で再骨頂のように思えてなりません。簡潔に人間というのを表現している。人間の本来の姿を表現している。

そして何か悲しさと共に希望に満ちている。


こんな笛を吹きたい、こんな色の音を出したい。

2009-10-31

今週の出来事

Readingの授業でシルクロードに関する記事が出てきて、、、もちろん柿谷の出番です。「雅楽はシルクロードから日本に入ってきて・・・・」へたな英語で説明をし、演奏もしました。

アジア系の生徒たちの方がヨーロッパ系よりも興味を持っていたように感じます。“馴染み”という問題なんでしょう。

さて、ここで面白いのが日本ではない光景、先生が「他に何かできる人~?」みたいな感じで尋ねると、「僕も私も........!!!」何人手を挙げただろうか??

もちろん全然シルクロードには関係ないのですが、彼らにはそんな事は関係なし。。



一人はコロンビアの学生でマリンバ。





もう一人は韓国の学生でテコンドー。彼曰く腕前は4段だとか、最高が8段とか言ってたけど,
少し目線が僕には気になった、、




他にも歌を歌ったりする学生とか色々。。

とにかく恥ずかしがらずにやる。例え自分の技術がどうであろうと。

自分という人間をみんなの前で表現する。

大事な事だと思いました。


2009-10-26

七五三コンサート~雅楽



 昨日はJapansocietyという場所で、NY在住の方々(7,5,3歳)のために行われた七五三の行事があり、天理NY雅楽会の一員として演奏に参加してきました。

セレモニーの中の付楽なので、コンサートという程ではないのですが。。

この雅楽会の練習は月三回程度で、僕もこちらに来てからは毎回参加させてもらってます。

みんなすごく楽しんでて、乾いたスポンジが水が吸い込むように上達してます。









それぞれの感性が最大限に発揮されれば、もっともっといい作品ができるんだろうと思います。

ここの方はみな独特な感性を持っているので。


2009-10-23

葉っぱの色と共に

先週NYは7度、8度でほんとに寒かったです、、


最近は15度前後まで上がってきて、平年並みのようです。



先週の寒さのせいか急に木々の葉っぱが色づいてきたような感じがします。




僕もこの葉っぱと共に変化していかなくては、と思う最近です。


しかし大事な事は少しづつという事なんでしょう。







2009-10-22

パンプキン

もうすぐHalloweenです。


ホストファミリーと他数人でパンプキン狩りに行きました。








僕のが右、左はホストシスター。柄にもなくかなり真剣に作ってしまいました。。

お互い、いい歳ですが、、、


しかし遊びになると力が入る自分が好きです。